月夜見

      “盛夏 お見舞い申し上げます”

           *TVスペシャル、グランド・ジパング ルフィ親分シリーズより

 
このシリーズの大元の舞台たる“グランド・ジパング”は、
あくまでも『ワンピース』という架空の世界の、
そのまた中で設定されたパラレル・ワールド。
とはいえ“捕物帖”仕立てになってるせいでしょうか、
登場人物の装束やら風俗風習は、
めいっぱい日本の江戸時代をなぞっておいでなので。
ついつい、そちらの風俗を持ち出してしまう もーりんなのでして。
奉行や岡っ引きの話、四季折々の風習の話、
一般の民衆の皆様の暮らしや流行の話などなど、
時代劇や落語から得ていた まめ知識を思い出しては、
それにかかわるお話を展開して来たわけでして。

これからもそこんところは変わらないと思います。
その点、今後とも どうかご容赦を。




      ◇◇



そんなグランド・ジパングにも夏が来て、
出来のいい青の紗に油を染ませたような
濃密な色合いの空が頭上に広がり、
あまりの暑さがつのれば、沸き立つ入道雲は雄渾。
地面を真っ白に蹴立てて、
堰を切ったように降り落ちる夕立も物凄く。
天に轟く雷鳴や、穹を切り裂く稲妻の刃に身をすくませておれば、
けろりと上がってしまうもの…だったのが、
最近のは“ゲリラ豪雨”なんて呼ばれるほど、
桁外れなそれなんで、困りものですよね。

 「げり〜?
  そんなひでぇ喩えよう すんのか? もーりんさんの国じゃあ。」
 「……親分、レディにそれはなかろう。」

そうだぞ、親分…なんて、もーりんまでもが非難しそうになったれど。
毎日のご贔屓、お昼ご飯を食べにとやって来たらしき“かざぐるま”の、
頑丈そうな卓についた途端。
へちょりとその天板へ突っ伏して伸びてしまった彼だとあっちゃあ、

 「……随分とお疲れみたいだな。」

腹を壊さぬようにという湯冷ましを、
それでも気を遣ってのこと、
ぎあまんの湯飲みへ氷を浮かべて持って来たの。
親分さんのふかふかな頬へちょんと触れさせて。
暑さまけなら枇杷の葉湯でも煎じてやろうかと、
言いかかった板前さんだったものの、

 「腹ぁは減ってるんだ、いつもの大盛りな。」
 「おいおい、大丈夫か?」

これもまた、気持ちに体がついてかないと言ったものか。
好きなものを腹一杯食べるのが何よりも至福な親分ではあれ、
夏ばてだったなら…消化がついてかねぇんじゃなかろうか。
却って気分が悪くなんぞと案じた板さんへ、
違う違うと卓の上に横向きに伏したまんまで、
ゴロゴロ頭を揺らし、かぶりを振って見せるルフィであり。

 「ここんとこ夜回りと夜店の見回りが続いてんだもんな。」
 「ああそうか、夜更かし続きで…。」

この時期といや、
朝顔市やホオズキ市といった陽のある内の催しが盛んなのと同じほど、
それを開いてる境内を提供する神社や、若しくはお寺での、
縁日への夜店の屋台もまた、
納涼気分でほぼ連日のように、
お店を広げるのが常となっているものだから。
そこへの人出への警戒をという、
寺社奉行から町奉行配下への要請も増える。

 「つか、ウチの藩では、お寺社との境界線は江戸よりゆるいからなぁ。」

以前にもどっかで書いたかも知れないが、
宗教関係への取り締まりは微妙に町方の権限から外れており、
寺社と一般という区分けがあるもので。
氏子や檀家やという、地付きの特別な後ろ盾のある勢力ということで、
下手に怒らせて、一致団結でもされては剣呑だと思った…辺りが始まりか。
そんなこんなから、大概は支配権の管轄がきっちり分けられているもの。
そこで、巫女や僧侶の格好さえしていれば、
税を納めなくてもいいとか、
関所も手形なしで通過出来るといった特典があり。
そこへと目をつけ、
修行もしてなきゃ僧籍もないのに雲水姿をして、
構いなしの立場になっているという、
微妙に怪しい市井の僧や巫女も少なくはなく。
何やら怪しいまじないの経を読んだり、
奉納の舞と称して色香をふんだんに振り撒いて日銭を稼ぐ、
言ってみりゃ“見世物”関係者も多数いたそうで。
例えば虚無僧だと、
実際は禅宗の一派、普化宗に属しておりますが、
決まった寺に居着くのじゃあなく諸国行脚もしておいでなので、
素人見には…本物か なりきりの偽物かの別は、
なかなか判りませんものね。

 ……って、またまた話が逸れましたな。

つまりは、
昼間の蒸し暑さから逃れての、
夕涼みの人出を見越した催しの数々へ、
騒動が起きぬようにとの応援に、
引っ張り出されまくりな親分さんであるらしく。

 「おまけに、今年は打ち上げ花火の予定も幾つもあってよ。」
 「おお、そうそう。ウチへも仕出しの注文が多くてな。」

不景気なんてどこのお話やら。
宣伝目的か、若しくは何かのお祝いか、
恒例の地元の打ち上げ花火とは別口、
個人や仲間数人で資金を出してという、
私的な打ち上げ花火の催しも、今年は結構な数の届けがあって。
宣伝のための代物は、事前の広めも行き届いているので、
開催される晩は見物がこぞって押し寄せるため、
それらの整理や何や、やっぱり夜中のお仕事が増えるらしい。

 「……親分もサ、いいかげん夜更かしにも慣れにゃあな。」
 「うう。」

そも、岡っ引きといや、
日夜を問わず 市中の安全を見守るのがお役目で。
そして怪しい奴らが暗躍するのは、
人目を避けての夜中というのが相場。
だってのに、眠くてキツイとは。

 「与力や同心の旦那方や、
  捕り方の皆さんからだって頼り
(アテ)にされてんだろうに。
  眠くて力を出し切れないとは…そいつぁいただけないってもんだろが。」

せっかくの若さという馬力や、
悪魔の実から得た“ゴムゴム”の力があってもそれじゃあなとか。
天は二物を与えずってのはこういうことを言うのかねとか。
説教をする気はなさそうながら、
それでもなかなかに的を射たお言いようを並べて下さるものだから、

 「ううう〜〜〜〜。」

図星とは真実の指摘だから痛いのであって。
判ってるという自覚があるからこそ、悔しかったりするのであって。
もう既に眠くてたまらんのだろ、しょぼつく目許をシパシパさせつつも、
口惜しそうに“うににぃぃ〜〜っ”と、
口許をうにむにさせた、そんな麦ワラの親分の鼻先へ、

  ―― ついっと 差し出されたのが

  「……………あ、うわぁあvv」

深みのある黒地の皿は重々しい印象のする焼きもので。
その上へと珍座していたのは、様々な趣向や意匠を込められた、
一口大の綺羅らかな和菓子の数々。
寒天を使ったのだろ、
透明感のある淡い水色、
ヒョウタン形の金玉糖の中に沈んでいるのは、
白と赤の模様も愛らしい金魚だったり。
ぎゅうひの餅が曇りガラスのようになってる中に、
桜色のあんがくるまれているのがぼんぼりみたいに透けていて、
何とも涼しげな風情だったり。
ツマヨウジに巻き付けられた緑と白の縞模様のねじり飴が、
お人形に持たせる小さな手持ち花火みたいで、
見ていて“きゅううん”となるよな、愛らしさだったり。
飛び石みたいに並べられた松葉の形の干菓子は、
途中から緑のカエデへと形を変えて、
仕立てもモナカの皮に砂糖を塗った、カリサリした煎餅になってて、
ほのかにショウガの香りもする、軽い歯ごたえが何ともオツで。

 「サンジ、凄げぇえっ!」

食欲はあってもくったりとお疲れ気味だった親分さんへ、
何とも的を射た差し入れがずらり。

  ―――うあぁ〜vv でもでも、こういうのはちょっと困るかもだな。

     ああ? 何だよ、面白い言い方しやがってよ。

人の気遣いへケチつけるかと、
水色の眼差し尖らせ、息巻きかけたその鼻先へ、

 「だってよ、この金魚もカエデも、食べっちまうの勿体ねぇもん。」
 「…………………お。」

どこの女子高生ですかというような、
食べ物への、
しかも食べるのが“勿体ない”なんてなご意見が飛び出すなんて。

  親分お前、そういう縁起でもないこと言い出すなよな。
  何だよ、縁起でもないってのは。
  お天道様がたまげちまって、大雨でも降り出したらどうすんだ。

叱ってる割には口許がにやけているのを隠し切れていない、
金髪痩躯のダンディな板前さんで。
ただまあ、

 「あんなあんなサンジ、
  甘いけど酒の肴
(アテ)にもなるような菓子ってあるか?」

 「………あんな生臭坊主には、
  炙ったスルメでも しがませときゃあ良いんだよっ。」

こういうオチがついて回る“お約束”が宿命的というのは、
どういう因果なんでしょうねぇ。
(苦笑)



   
暑中 お見舞い申し上げます





   〜Fine〜  10.07.30.


  *とか何とか言いつつ、
   コク深い、香ばしいお菓子とか、
   研究するんですぜ、サンジさん。
   イカくんとか、豆菓子とか、
   お菓子好きにも美味しいって素材のはどうだろうとかね♪
   某 隠密剣士のお兄さん、
   差し入れがあったらありがたく頂くように。
(笑)

  *またまた、お気に入りの『美の壷』から刺激を受けました。
   夏の和菓子の特集で、
   寒天と水あめで練ったそりゃあ涼しげな透明の羊羹とか、
   ぎゅうひの餅や寒天を満載したみつ豆とか紹介されてまして。
   日本はちょうど、
   まだ冷蔵庫がなかったにもかかわらず
   王宮からの要請で華やかなスィーツをたんと作らにゃならんかった
   中世のフランスの料理界よろしく。
   冷たいものが無ければ無いでと様々に工夫を凝らして、
   こういった、目にも涼やかなお菓子を、
   いろいろと生み出したのですってね。
   冬場に氷室へ氷を保存しておいたという知恵も大したものですが、
   無ければ無いでという創意工夫も山ほどしちゃう、
   昔の人も偉いなぁ。

   (ところで、もーりんは関西人ですが、
    トコロテンへ黒蜜はやっぱり苦手派です。)

めるふぉvv 感想はこちらvv

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